外傷患者が発生した際に、はじめから患部をみてしまう、という方は多いのではないでしょうか。
病院における外傷診療のスタンダードのJATEC(Japan Trauma Evaluation and Care)では、外傷診療における初期診療の原則として以下の5点をあげています。
- 生命にかかわることを最優先すること
- 最初に生理学的徴候(バイタルサイン)の異常を把握すること
- 確定診断に固執しないこと
- 時間を重視すること
- 不必要な侵襲を加えないこと
つまり外傷患者の初期診療の手順というのは、まず救命のための緊急処置。
生命の安全を確保したうえで全身を系統的に検索し損傷を見つけ、根本的治療に結びつけていくことが重要であるとしています。
派手な外傷ばかりに目を奪われずに、まずは全体を診てから局所を見ることが大事ということですね。
そこで生理学的徴候の異常がないかを評価する方法としてABCDEアプローチというものがあります。
正式なABCDEアプローチでは評価から蘇生まで行うので、医師(もしくは看護師)以外の方々は医療行為にあたるため同じようには行えませんが
今回は柔道整復師でも使えるようにエッセンスを凝縮した簡易版のABCDEアプローチを紹介します。
ABCDEアプローチとは?
ABCDEアプローチとは、外傷患者の生理学的徴候から迅速かつ正確に患者の生命危機を把握するための診療アプローチであり、A(気道)→B(呼吸)→C(循環)→D(中枢神経)→E(体温)と酸素の流れに沿って評価されます。
はっきりとした患者の状態がすぐには分からなくても、生命維持サイクルの中で一体どこが問題なのかを酸素の流れに沿って系統立てて評価していくことで、局所しか見ず、全身をみなかったことによっての、重篤な症状の見逃しなどを防ぐことができます。

ABCDEアプローチでは酸素が入ってくる順番に蘇生していきます。
生命を維持するために必要な酸素の流れに沿って順番に見ていくことで、見落とし無く重症かどうかを判断し、どこに異常があるのかを評価する事ができます。
生命は空気中の酸素を取り込み全身に供給することで維持されています。口腔から肺までの酸素の通り道の気道(Airway)から吸い込まれた酸素は肺で血液に取り込まれます。これが呼吸(Breathing)です。酸素を含んだ血液は心臓から全身へ送り出され循環(Circulation)します。そして中枢神経(Dysfunction of CNS)によって呼吸の命令を行う。このサイクルによって生命が維持されています。そしてこのサイクルを保つために体温(Exposure &environmental control)37度で維持しています。
そのため、ABCDEのどこかに異常があると生命維持サイクルに支障をきたします。
ABCDEアプローチの手順
STEP1:第一印象の把握
第一印象とは、最初の30秒程度で、素早くABCDEをチェックして患者が重症そうか、そうでないかを迅速に判断します。以下、手順です。
まず患者のそばに行き、患者の脈(橈骨動脈)に触れながら声をかける。これだけでも、気道の評価(A)、自発の呼吸の有無(B)、末梢循環状態(C)、意識レベル・麻痺の有無(D)、体温(E)を大まかに見ることが出来ます。
第一印象の確認は、あくまでも大まかに確認するもので、30秒程度で判断する。
【1.まず、患者さんの脈(橈骨動脈)を触れながら、声をかける。】
「わかりますか?大丈夫ですか?お名前を教えていただいてもよろしいですか?」
この時、名前を言うことができ、普通に会話ができて、かつ意識がしっかりしていればA(気道)とD(意識障害)はOKと評価できます。
声がでない、口の中でゴロゴロ音がして声がおかしいようであれば、A(気道)の異常を疑います。
意識がもうろうとしていたり、目を閉じていたり(閉眼)すると、D(意識障害)を疑います。
【2.胸の動き、呼吸の速さや回数、呼吸様式(努力呼吸など)を見ながら、普通に話せるか確認。】
胸を見ながら、呼吸がハアハア言っていたり、苦しそうだったり、胸の動きが左右でおかしかったりすると、B(呼吸 )の異常を疑います。普通に話せているのであればB(呼吸)はOKと評価できます。
【3.触れている脈(橈骨動脈)や末梢の皮膚などを触れ、C(循環)とD(体温)を確認する。】
脈の触れが弱い、脈が早い、皮膚の色や冷たくないか、冷や汗をかいてないか、などC(循環)とE(体温)に異常がないかを評価する。
以上、最初の第一印象で大まかにABCDEに異常があるかないかを評価します。
その結果を踏まえ、ABCDEをより詳しく再確認していきます。
STEP2:ABCDEアプローチを用いて評価していく
Airway:気道

気道とは、口や鼻から喉の奥や肺までの間の空気の通り道のことです。
気道が開通しているか、異常音はしないかを確認します。
きちんと声が出て、話せるかどうか。(気道が開通しているか閉塞しているか)
呼びかけてみて、声が出ていれば気道は開通しています。
しかし苦しそうに話していたり、喉の奥から「ゴロゴロ…」したような音が聞こえるなど、声に違和感がある場合は気道に異常がある可能性があるので注意しましょう。
また、開口時に口の周りや口腔内に出血がないかチェックしましょう。
→異常がなければ、B(呼吸)へ進んでいきます。
Breathing:呼吸

呼吸機能に異常がないかをチェックしていきます。
呼吸は胸部だけでなく、頚部も見ていく必要があります。
- 呼吸補助筋の使用なし
- 頸静脈の怒張なし
- 気管の偏位なし
- 皮下気腫(握雪感)なし
- 圧痛なし
※圧痛は鎖骨周辺、頚部前面だけでなく後面も確認する。
頚部に異常があればネックカラーを装着し、救急隊を要請する。
見て(視)→聞いて(聴)→感じて(触)の流れで見ていくのが良いとされています。
見て:呼吸回数(おおよそ)・呼吸様式(努力呼吸など)・胸郭の動きに左右差がないか
聞いて:呼吸音の左右差(※聴診器がないので確認できませんが、参考までに)
感じて(触って):胸郭をおおまかに押さえていき、痛いところがないかを確認する。(圧痛・介達痛・軋轢音・皮下気腫がないかの確認)
・心タンポナーゼ
・気道閉塞
・緊張性気胸
・開放性気胸
・大量血胸
・動揺性気胸(フレイルチェスト)
B(呼吸)異常があれば、すぐに救急隊を要請しましょう。
→異常がなければ、C(循環)へ進みます。
Circulation:循環

循環では、主に脈や皮膚の状態に異常がないか・どこかで出血を起こしていないかをチェックします。
脈:橈骨動脈を触知して、脈拍・強さ(強いor弱い)・速さ(早いor遅い)を観察する。
皮膚:皮膚の状態(蒼白・冷たさ・冷や汗など)を観察する。
※循環に異常が出た際によく見られる「ショック症状」では、脈が弱く・脈拍が速く・顔色が蒼白・全身に冷汗をかいており、皮膚を触ると冷たくじっとりと湿っている状態になります。
出血:外傷でみられるショックのほとんどが出血性ショックです。全身を観察し、出血箇所がないかチェックします。
胸腔内出血・血胸(Massive hemothorax)
腹腔内出血(Abdominal hemorrhage)
骨盤骨折(Pelvic Fracture)
外観のみで判断するのではなく、胸部・腹部・骨盤・四肢をざっくりと押さえ圧痛の有無を確認します。圧痛があれば内部で出血している可能性があります。外出血があれば、その場で応急的に止血します。
C(循環)に異常があれば、すぐに救急隊を要請しましょう。
→異常がなければD(意識)へ進みます。
Disability:中枢神経

中枢神経系に問題がないかを評価します。
意識レベルはGCS(グラスゴー・コーマ・スケール)・JCS(ジャパン・コーマ・スケール)で評価を行い、瞳孔反射や瞳孔の大きさ、四肢麻痺等の神経学的初見を確認しますが、以下チェック項目で簡易的に評価ができます。
- 開眼しているか?
- 名前が言えるか?
- 場所・日付が言えるか?
- 指示した動作が行えるか?(両手を握ってください、開いてくださいなど)
→この時に左右差がないかを確認。左右差がなければ明らかな片麻痺はなしと評価できる。
全て問題なく答えられれば異常なしと評価できます。
異常があれば、早急に救急隊を要請しましょう。
→異常がなければ、E(脱衣と体温管理)へ進みます。
Exposure & environmental control:脱衣と体温管理

まず外出血や開放創などないか、服を脱がして全身観察(状況によりケースバイケース。プライバシーの配慮を十分に行う。)
その後、体温測定・体温管理。体温が下がらないよう毛布等で保温に努める。
血液の凝固因子の活性が下がり、血が止まりにくくなる。(驚くほど血が止まらなくなる。)
なので毛布などをしっかりかけ、体温が下がらないように注意する。
まとめ
冒頭でもお伝えしましたが、「派手な外傷ばかりに目を奪われずに、まずは全体を診てから局所を見ること」を徹底しましょう。
外傷患者の応急処置に入る前に、必ずABCDEに沿って評価していきましょう。
説明が少し長くなりましたが、チェック箇所をおおまかにまとめると
- ちゃんと話せるか(A:気道)
- 正常な呼吸を行えているか(B:呼吸)
- 脈や皮膚の色や温度に異常はないか(C:循環)
- 意識はしっかりしているか、手足を動かせるか(D:中枢神経)
- 体温は正常か、全身をみて他の損傷はないか(E:脱衣と体温管理)
です。1つでも異常があれば、生命維持のサイクルに異常をきたしますので、早急に救急隊へ連絡しましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。